2018年8月14日火曜日
無花果。
毎年
盆と正月には岡部家の集いがあり
年々来る人は少なくなるけれど、それでも親戚と顔を合わせて
昼間からあーだこーだ言いながらお酒を飲むのは中々に愉しい時間です。
今日もそんな風にささやかなお盆の集いでした
大体の話は
肩が痛くて上がらない
とか
姪っ子の背がまた伸びた
とか
こないだ行った宿がリーズナブルで良かった
とか
しかも飲み放題つき
とか
テレビはボクシングの会長ばっかり
とか
「絢子」が読めない、じゅんこ?
とか。
そんな話が同時に、幅1メートル長さ1メートル80ほどの
長方形の座卓の上の料理の上を飛び交う
持って来てくれた甘いドイツワインとビールを注がれるままに交互に飲み
柿の葉寿司と親戚の家の庭になったらしいイチジクを交互に食べ
姪っ子はまだ茄子の煮びたしを食べてる最中にうちのオカンから
早すぎるタイミングのチューペットを手渡され、それを片手に持ちながら
箸で茄子をつまんでいる。
350やら500やらの缶ビールがどんどんカラになり
そうこうしてるうちにグラスに残ったサッポロにアサヒがごちゃ混ぜになり
「ビールならなんでもええ」
となる。
そしてさらに進化する
あ
それまだワイン入ってるけど、、、
と僕が言うと
「ワインとビールは合うんや」
と言ってワインのグラスにビールを注ぐ。
さらに進化する
「マッコリにもビールは合う」
となる。
さらに進化する
「日本酒とビールも合う」
それってアルコールやったらなんでもいいんやん、、、
「なんでもええ」
はあ、、、
と言うイチジクのおじさんは
終戦の年、昭和20年生まれで僕のオトンと同い年である。
その昔
中学生で下駄を履いて高校に殴り込みに行く悪ガキだった
イチジク番長は空手やボクシングを嗜み
「喧嘩せなあかんし忙しかったわ」
と言う。
卒業後は職業訓練校の自動車整備科に入り
そこでオトンと出会う
当時の職業訓練校(通称しょっくん)と言えば
それはもう、やんちゃの巣窟というか
大体がパンチパーマというか。
オトンは高校に落ちて一晩布団にくるまって泣いたらしいけれど
しょっくんに行くことにしたらしい(結局、卒業後に高校に行きなおしたそう)
「俺らが一期生やった」
「先生も初めての担任でな」
「先生が言ったわ」
「君たちが一期生だが僕たちも同じだ」
「どうぞ、お手柔らかに」
先生、怖かったろうな、、、
教室は床ではなく砂の上に机が並んでいたらしい。
16歳で車の免許を取得し、卒業すると本田技研などに就職
当時の大卒より遥かに高給取りだったそうだ。
しかし
おじさんは違った。
「君は成績も優秀」
「手を尽くしたが」
「それでも誠に残念ながら」
「君の国籍ではどこも雇ってくれない」
おじさんは韓国籍だった
それで結局、長浜の小さな町工場の整備士になった
同期が大手に就職していくのをどういう気持ちで見ていたのだろうか。
人並み、いやそれ以上に有能であったとしても立ちはだかる壁
同じ人間が作った壁。
そんな事があってかどうかは知らないが
オトンは差別解放について少なからず活動をしていたようで
時代はフォークブーム。時にはギターと歌にのせて訴えて来たようだった。
詳しいことはわからないが、全員仏教の家系ながらどこかのタイミングで
キリスト教の洗礼を受けていたらしいオトン。
そんな話、生きているときに聞いたことはなかったが
その縁もあってか、岡林信康さんや高石ともやさんとも交流があったそうだ。
酔っ払って繰り返される昔話。
はいはい、それは何度も聞きました
という話。
それでも
お?
それは知らない
というのがほんの少し混ざっている事がある。
それは
幾重にも積み上げられた地層から
ごく稀に見え隠れするキラキラしたもの。
水で洗い流し、ザルですくってほんの少し取れる砂金のように。
2018年8月7日火曜日
耳の道。
もう何度となく経験して十分に分かっているけど
部屋から出た途端に訪れるあの強烈に不快な暑さ
そしてさらに凄まじいのが
僕の車。
車内はサウナ、いや、それ以上だと思う
最近は車に乗ったら暑過ぎて鳥肌が立つ
なぜか電子レンジを思い出してしまう
暑いというより、痛い。
木とステンレスでできたハンドルなんて
握るどころかちょっと指先で触るだけで
やっぱり痛い
ちょうど電子レンジで温め過ぎたものを素手で掴む感じ
ああ
だから電子レンジが脳裏をよぎったのかな
しかもパワステではない重たいハンドルなもので(通称オモステ)
指をヤドカリみたいに動かして触れるでもなく触れながら
熱を誤魔化すようにハンドルを切る
厚めの手ぶくろを用意しよう。
さて
そんな暑い中
昨日は日曜日の真っ昼間にイオンモールに行かなくてはならず
行きは送ってもらえて良かったが帰りは歩いて帰る事に。
まあ歩いても20分くらいだろうし、ジムにもいかない日だったので
ちょっとは運動になるかなと。
最近はカナル型の耳にしっかりはめ込むイヤホンを愛用してるけれど
そうすると周りの音が全く聞こえない
イオンからの帰り
イヤホンを忘れてきた事に気づき、ちょっと呆然としたけれど
まあ、たまには良かろうと、夕刻の横顔に突き刺さる陽射しとともに
歩く
歩く
そうすると
いろんな音が聞こえてくる
蝉の声
アスファルトに擦れる靴の音
リュックの中の物が歩を進める度にカサカサ
自分の息づかい
ちょっと畦道を通ってみると
風に揺れる雑草の音がサササササと重なり合い
アスファルトとは違う
靴と土と草の饗宴
ザックザック
ザックザック
川向こうを見れば
上半身裸のおじいさんがタバコをふかして家から出てきた
何もかもが新鮮で、それはそれは心地よかった。
イヤホンをつけてると完全に自分と周りが隔離されているという事が
勿体無いと思った。
それは電車での移動であっても
その時しか出会えない即興の音楽に満ち溢れているような気がして
イヤホンで音楽を聴くのはひかえる事にした
ヨダレが出るほど退屈でない限り。
それこそ今を生きていると実感できる事だと思うから。
あ
耳と言えば、先日いつもの美容院へ行った時
はい、これでおしまい
と
仕上げに切った髪の毛を払ってもらってたら
同級生の美容師の女の子が
「ん?」
「ちょっと!耳から毛が生えてるー!!」
ええーーー?!
切って!
「いやー、、、」
「うわー、めちゃ長い、、、」
それは耳の穴ではなく
耳の上のフチのところから
びよーん
と
4センチくらいあった
結局
ウヤムヤにされて切ってもらえないまま帰ってきたので
すぐにプチンと切ったけれど
後から
それって「宝毛」じゃないの?
と言われたりして、、、
なに、、、
タカラゲって、、、
切ってしまった、、、
ただの耳毛では、、、
ないのか?
そしてさらにちょっと衝撃的な事実があった
耳って
洗うものなの?
ドリフターズだって
「耳洗えよ!」って言わなかったし
僕は一度も洗ったことがない
「うえー!!!きたねー!!!」
と言われたけれど
みんな洗ってるのかな
だから毛が生えてきたの?
毎日洗ってるの?
どうやって?
それで、はたと気づいた。
先日ジムの風呂で歯ブラシ二刀流の人がいたけれど
あれは一本は耳用だったのかーーー!
そういうことだったのか、、、!!!
以来
耳も毎日洗うことにしましたが
心なしか耳がさらさらしてやわらかい気がしてます
ちなみに
僕はまだ初心者なので歯ブラシは10年早いかなと
もっぱら手揉み派です。
2018年7月31日火曜日
けものみち。
少し前になるけれど
とある土用の丑の日に我らがハズイヘ
ハズイといえば、新鮮な魚や野菜が恐ろしく安いのだが
忘れてはいけないのが
鰻
ウナギではなく
うなぎでもない
ウナギはウサギみたいだし、うなぎだとうなじと間違えそうなので
鰻がなんとなくしっくりくるように思う。
とにかく
ハズイの鰻は、そこら辺の鰻料理専門店の鰻を遥かに凌駕している
と思う
実際、数軒で鰻重を食べたがハズイの圧勝だった
それくらい美味しい
新鮮で柔らかい鰻もさることながら
特筆すべきは濃厚なタレである。
焼いてあるが、持ち帰ってから軽く炙る
タレは少し薄めるのがオススメ
お。
ズラーっと並んでる
売り切れてないか心配してたけれど
土用の丑効果を見込んでか、次から次へと愛すべき鰻ちゃんたちがステージへ
って
なんじゃこりゃ
長蛇の列
ここから15mほど前方で左へ曲がってさらに10m
うなじ蒲焼販売
と間違えると、とっても怖いので
鰻にしていただきたい
とか思っているうちに、どんどん列は伸びてゆくので
慌てて列んで無事に買えたけれど
やっぱり美味しかった。
さて
京都でのレッスンへ向かうべく、市役所前で電車を降りると
ゼスト御池に何やら新しいお店が
何も間違っちゃいないし、多分僕だけかもしれないが
OPENだけ英語で書いてあると
ものすごく予定感が強くなる気がする
8/1にオープンできたらいーなー♪
みたいな
なんだか違和感を感じながらも
とっても楽しみです。
違和感といえば
電車に乗るときはいつもコインパーキングに車を停めて
そこから少し歩くのだが見慣れない物体が
んん?
何か、視線を感じる
お、、、
おお、、、
たぬき地蔵
なのか?
こちらは狸ではない気がするのです。
タヌキだともっとシュッとしてないといけないような、、、
このお方
お腹が真っ白だし、たぬきと言えば
ということで
勝手に「うどん」と名付けました
「ひゃー、まいにちアチーっすねー!」
って言ってる気がするなぁ
2018年7月24日火曜日
二刀流。
昨日
誕生日を迎え、41歳になりました
何が感慨深いって
バカボンのパパと同い年。
来年には年上になるのです
小学生の頃
夏休みに高校野球をテレビで観ていると
はるか年上のお兄ちゃん達がボールを追いかけていた
それがいつの間にか幼さすら垣間見えるように思える
キラキラした高校生たち
そして今となっては自分の半分も生きていない若者。
時間の流れは残酷で、しかも日毎に加速してゆく
それでも
激流を泳ぎ生きる魚たち
丸くなった岩の年月の重み
流れに逆らわず、過去や未来ではなく
ただこの「今」を手にすくって大切にしていきたい
そう思います
さて
7月に入ってから生活習慣を変えました
前の晩がどんなに遅くとも翌日は必ず7時起床
朝と晩にマインドフルネス(瞑想)をしています
意識が冴えて濁った流れが透き通っていく感覚
ひょこ
ひょこ
と
草むらから不意に顔を見せる小動物のように
全く考えもつかなかったようなアイデアが現れたり
急流の中だからこそ、一つ一つ丁寧に
苦手なこと、出来ることなら避けたいようなこと
それらも含めた全てが自分の一部なのだから
一瞬一瞬を大切にしたいと思うようになった。
とはいえ
睡眠不足はツライです
ならば
生活のリズムを睡眠時間中心にすれば良い
最優先が睡眠時間
そこから逆算して生きていく
僕の仕事は7時起床だとかなりの余裕ができます。
だから朝に出来ることは夜にしない
日々スケジュールが違うけれど
一週間、1ヶ月単位で仕事を振り分け、詰め込みすぎない
その結果
今のところは少し仕事のペースは落ちました
それでも
少ない時間だからこそ、仕事の中で何を優先するべきかいつも考えます
時間は無限にあると錯覚しがち
とにかく先ずは試してみる
それでダメなら違うやり方を考えるだけ
不安や迷いがモヤモヤと現れることもあるけれど
日々の瞑想で一掃してとにかく手を動かす。
そうそう
そんな僕の日常にもう一つ欠かせないのが
スポーツジム。
先日、トレーニングの後にお風呂に行った時
洗い場の横には4段ほどの大きな棚があり、そこに持参したシャンプーや髭剃りなんかを
置けるようになっている。
僕もシャンプーを置こうと思って
ふと、その棚に目をやると
取っ手のついた黄色いプラスチックのカゴの中に、シャンプーなどと一緒に
歯ブラシが二本、携帯用のケースに入っている。
それが、全く同じ柄の同じ種類の歯ブラシなのだ
なぜに二本、、、と思い少し観察してしまった
ひょっとしたら一本は古くて、威嚇中のハリネズミ
もしくは魔女の宅急便の爆発したデッキブラシみたいになってるかもしれない
それで新しいものを予備で持ってきているのか?
しかし、両方ともブラシの部分は整っていて比較的新しいもののように見えた
そしたらやっぱり
なぜに二本、、、
それでその場を離れてシャワーをしながら考えてみた
右の歯用と左の歯用だろうか?
両手で持って同時にシャコシャコ磨いたら効率的なのかもしれない
もしくは
一本はどこか、歯以外を洗う用なのだろうか
だとしたら、どこを磨くのだろう?
ひじ?
足の裏?
背中?
うーむ
謎は深まるばかりである
今度その黄色いカゴを見つけたら持ち主を突き止めて
どうやって使うのか見届けたいと思う。
いづれにせよ、宮本武蔵のように二本の歯ブラシを巧みに操るのは間違いない
ちょっとワクワク。
あ
二本といえば
先日ギターの試奏をしてきました。
こちらと
どちらも素晴らしいギターで、思う存分弾かせてもらったけれど
値段も素晴らしい
店員さんがいない隙に、足でこついて傷をつけてギターのサウンドホールに干からびた
カエルでも放り込んでおいたら少しは安くなるだろうか
などと考えたけれど、そんなことより
「両方良かったので」
「二本とも買います」
と言えない自分がなんとも歯痒かったです
おかしいなぁ
そしてその時
僕の前世は石油王だったと確信しました。
2018年7月17日火曜日
わすれ方。
猛暑の土曜日
心斎橋のレッスンの空き時間
いつもは「憩いのベランダ」と言われている場所も
もはや太陽へ生贄を捧げる場所と化していた
耳をすませば
身体中の小さな細胞の一つ一つがプクプクと音を立てて
沸騰しているのが聞こえてきそうだ
体がよじれる位に暑かったのだが
ふと
南側の百貨店に目をやると大きなクレーンが目に入った
クレーンの先の部分は運転室のようにも見えるが
人は乗っているのだろうか?
だとしたら
相当暑いだろうな
クーラー
はないだろうな
扇風機はあるのかな
さて
世間は三連休の最終日。
少しでも暑くなる前に
と
朝イチでジムへ向かう
そして
少しでも日陰になるところへ車を停める
比較的人が少ない祝日午前中にトレーニングをした後は
僕がジムへ行く目的の半分に値する、お楽しみのお風呂である。
でも
今日ちょっと不思議だったのが、この暑い中で熱めの湯船に浸かることは
思ってたほど嫌なものではなくて、むしろほっこりした。
暑い時こそ熱いお茶
というのはよく聞くけれど、外から帰ったら
まず冷蔵庫でキンキンに冷えた麦茶をグラス一杯
一気に飲み干したいと思う。
だけれど
たまたま冷やされてなくて、沸かされたばかりのアツアツしかない場合
全く乗り気にはならないけれど、それでも喉が乾いているので
そのアツアツを飲んでみると
妙に落ち着く
あれと同じ感覚のお風呂を後にして駐車場に戻ると
時間が経ち
太陽が移動して良い感じに僕の車は生贄に。
かんかん照り
恐る恐る車に乗り込んだ瞬間
溶けるかと思った
そして
ふと
あのクレーンを思い出した。
命からがら家に帰って(運転は10分が限界)めずらしくテレビをつけると
西日本豪雨の続報
今や、ボランティアが沢山入られているそうだが
この暑さで熱中症になってしまったり厳しい状況という事だった。
大切な人や物、居場所、住み慣れた地域
失ってしまった取り返しのつかないもの
体と心に残った深い傷痕
そこから滲み出てくる鋭い棘はどこへ向けれらるわけもなく
不意に自分を傷つけてしまったりする。
人は辛い過去、そしてあの時こうしていれば、、、というような後悔
それらをどうやって乗り越えて行くのか。
今回の豪雨の被害とは比較にならないほど小さいかもしれないけれど
僕にだって思い出したくない、苦い記憶というような事はある。
きっと誰にだって多少はそんな記憶があるのではないか
でも
なぜか思い出してしまう瞬間がある
その度に時間が一気に逆戻りして、自己嫌悪に陥ったり
どうしてあの時あんな事言ったんだろうと恥ずかしくなったりする。
ではどうやって忘れたらいいのだろうか?
気にしない気にしないと思っていても、ふと湧いてくる過去。
例えば
悪性の腫瘍ができたらその部位を含め、広めの範囲で切除する。
ならば
記憶も同じように広い範囲で忘れるよう努力したら
うまくいくのだろうか
その時の住んでいた場所
その時の友達
その時の車
その時の時間
その時の季節
その時の服装
その時の好きだった音楽
思い出したくない記憶が連想されるものたち
でも
どんどん範囲が広くなるし、範囲にキリがない
掃除をすればするほど、小さなホコリひとつが気になるように。
そうしたら結局何も残らなくなる気がする。
自分を否定しない限り難しいのではないか
そしてそれは不可能だ。
ならば
「忘れる」
ということを自分なりにきっぱり諦める事で
「記憶」
というものとの向き合い方を整えていく道筋が出来るのではないか
忘れてしまいたい事ほど、ちょっと長い道のりになっても
その記憶とちゃんと向き合って道に迷いながらでも歩いていくことで
いつか新しい大地へ連れていってくれる
そう信じて歩いていくことが
本当の意味での「忘れる」ということなのではないか。
2018年7月10日火曜日
傘。
ジムの帰り
いつものコンビニに寄った
駐車場に車を停めると
さて、彼はいるかな?
と
ついつい期待してしまう
それは店の自動扉が開いた瞬間にわかること。
「いらっしゃませーっ!!!」
お
いたいた。
いつもと同じテンションで活き活きしている声
買い物をしていると他のスタッフと楽しげに話している声が聞こえる。
「よっしゃー!めっちゃ早く終わったー!」
と
品出しを終えて言った。
何をするにも
仕事を楽しんでいる
商品をカゴに入れレジに向かうと
やはり走って来た
「お伺いいたしまーす!」
最近は700円以上買うと一回クジが引けるのだが
あ
当たった
「おおー!おめでとうございまーーす!」
そしてとても嬉しそうに
「いま商品と交換されますか?しときましょうか!取ってきまーす!」
まるで自分のことのように嬉しそうだ、、、
そして帰り際
「いつもありがとうまーす!!」
お
常連になってしまった
でもちょっと嬉しいような。
ところで
少し前に新商品ということで購入した、2種類のポテチ。
「すう〜っ。」の方は
体に悪いくらい
すっぱい
「メラメラ。」の方は
咳き込むくらい
辛い
以上。
さて
先日の木曜日
昼から京都でレッスンだったけれど
雨の影響で電車の遅延が気になったもので、いつもより早めに家を出た。
駅に着くと、定刻通り表示されている
よかった
いつもより乗客の少ない車内は容易に座れたが
曇天の薄暗く静かな空間は、どこか悪い夢の中のようで不気味である。
無事に京都駅に着くと、それはそれで早く着きすぎたので
思い立って地下街に入った
ポルタは少し前にリニューアルされてお店もかなり様変わりした。
それによって
「いつも買っていた巻き寿司が買えなくなった」
と困惑していた生徒さんもいたが、個人的には気になるお店がいくつもあって
いつか時間がある時に寄りたいと思っていたのだ。
それにしても
ささない時の傘というものは本当に面倒くさい存在だと僕は思う。
みんなどう思っているのだろうか
大して重くもないしそんなに大きくもないのだけれど
濡れているし、何をするにも微妙に邪魔である
そして
忘れないように、忘れないように
と
これまた微妙に気を使う。
ちょうど昼時だったので飲食店は店先に列が出来るほど
どこも軒並み混んでいた。
そんな時
ガラガラの店があると、それはそれで
大丈夫か?
と思ったりして逆に入れない。
そして選んだお店は
スープストック。
混んではいたが、1、2席は空いているようだったので入ってみた
カレーも気になったけれど
初めてなので、やはりまずはスープにしようと
一番人気という「オマール海老のビスク」とフォカッチャ
そしてドリンクのついた一番シンプルなセットを注文
ファーストフード店のように早く用意してくれるので
これは時間がないときには有難いなと思った。
回転も早そうなので、満席でも少し待てば座れそうだ
しかし
席は隣との間隔がかなり狭く、両隣が若いお姉さんだったもので
真ん中におっさんがすんましぇん、、、
しかしここしかないので、、、
と
心の中で言い訳をしながら肩身の狭い思いで座ったのだが
やはりこういう時も
傘が邪魔
どこに置いたものやら、と考えていると
店員さんが僕の席にスープを運んできてくれたのだが
隣のお姉さんがテーブルに掛けていた傘を
足で引っかけて倒してしまったのだ
ほんと
傘ってやつは。
と
あの店員さんも思っているはず
きっと。
オマール海老の旨味がギュギュッと濃縮されたスープはたいへん美味しく
その時の僕にはちょうど良い量の昼ごはんになった
満たされて、しばし行き交う人々をボーっと眺めていた。
まったりと「一人の時間」という沼にズブズブと沈んでいくのも好きだけれど
僕みたいに自分に甘い人間というのは、必ずしも一人のほうが思考の整理や
作業が捗ったりするとは限らないようだ
なにせまったりしてしまうので、最終的に思考から何から何まで停止してしまい
もはや「冬眠」になってしまうのだ。
そして
人混みの煩わしさには辟易するけれど、満席のこの店で両隣を若い女性に
挟まれた小さなテーブルで所在無さげにご飯を食べるというのは
想像するよりも悪くなかった。
それよりも
周りの動きが早いので、こちらまで活気づいてくる。
「すうーっ。」と目が覚めていく
けっして酸っぱくはないのだけれど
まるで霧が晴れていくような
そういう感覚があったのです。
2018年7月3日火曜日
眠りの森から。
移動に公共交通機関を利用するようになり一年以上経ちました。
それまでは車移動がほとんどだったけれど
旧車のミニ一台にしてからというもの
特に夏場はクーラーがないもので
「命がけ」
キャブ車なので頼んでもいないのにエンジンの熱がダイレクトに車内へ
「命がけ」
でも電車やバス、タクシーはとても快適で
寝てても目的地へ連れて行ってくれる。
結局は移動時間も短かったりするし楽ちん
当初、荷物の多さがネックだったけれど
それはそれで極力荷物を減らし、楽器も各教室で借りたり
備品が無い場合は自分の楽器を据え置きにしたりして何とかなるものです。
しかし
空き時間が出来ると困ります。
元気な時は散策したり買い物したり行くところは色々あるのだけれど
寝不足でちょっと仮眠したい時
これがちょっとした悩みなのです、、、
車の時はシート倒して寝られたなぁ、、、
あ
今の車で寝たら、、、
ミイラか
人間以外の何かになると思います、、、
スルメとか
そんなわけで
仮眠のできる憩いの場所を探して彷徨うのですが
まあ
ネットカフェとか
カラオケボックスとか
そういうのが思い当たるけど
何となく
お金は使いたくないなー
となると
意外と無いもんですよ
特に、電車で移動すると街中が多いので
そうそう人気のない公園の、どうぞごゆっくり気の済むまでお眠りください
というような気の利いたベンチはないのです。
それでこの間も近江八幡で眠たくて仕方なくなってしまい
彷徨いました、、、
トボトボ
トボトボ
水をもとめて虚ろな目で砂漠を歩いているかのように
トボトボ
トボトボ
すると
お
おお?
赤ちゃんはいーなー、、、
入ったら通報されるなー、、、
赤ちゃんの人形持ってたら大丈夫かなー、、、
人形買おうかなー、、、
目がパチクリしてるやつ、、、
いやいや
だめだ、、、
そしてまた
トボトボ
トボトボ
お
おお?
こ、これは、、、
良い
実に良い
しかし
15分、、、
中途半端だ、、、
また彷徨って
結局ショッピングセンターにある休憩スペースに辿り着き
そこには四人掛けのテーブルが五つあり
一つは中学生くらいの男子が一人、ノートを開いて勉強している
一つは高校生くらいの女子がイヤホンで何やら聴きながら勉強している
一つはおじさんがコンビニ袋に入った缶酎ハイを大事そうにすすっている
僕はおじさんの後ろのテーブルに背を向けるように座った
さびれた田舎のショピングセンターなので人もまばらだし
教室で居眠りするみたくテーブルに突っ伏して少し眠ろう、、、
すると隣のテーブルに高校生くらいの学生のカップルが、、、
わーきゃー
わーきゃー
ああ
神様
どうか
どうか
隣のテーブルに落とし穴を作ってあの二人を即座にエジプトまでお送りください
わーきゃー
わーきゃー
ああ
ああ
時間だ、、、
行かなくちゃ、、、
まるで砂漠の夢のようなものを引きずってレッスンへ向かい
それはそれで始まってしまえば元気になり
無事に帰ってきました。
あ
そうそう
先日の地震の後
福岡のおむすびかあちゃんからメールが来ました
「お水を送ろうかと思ったけれど
オリーブオイルを箱で送ります」
箱で?!
そして
「おむすび送ろうか?」
えー!カピカピになる気がします、、、
すると
「おむすび作りに行こうか?」
いやいや、、、僕が会いにいきますから、、、
「いつでもいいけん、ふらーーーっとおいでよ。泊まれるからね」
よくよく考えたらかあちゃんとは2回しか会っていないんだなー
もっと行かなくちゃ、、、
「毎日、CD聴いてるよ。美しかよ、マトカさんの音。」
ああ、、、新しいの作らなくちゃ、、、
枯れかかっている僕にとって温かい気持ちと言葉は何よりかけがえのない
そう
砂漠のオアシスなのです。
ありがとう。
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